高知地方裁判所 昭和45年(ワ)312号 判決 1972年3月24日
原告 甲野花子
<ほか二名>
右原告三名訴訟代理人弁護士 土田嘉平
同 梶原守光
同 山下道子
被告 乙山一夫
<ほか一名>
右被告両名訴訟代理人弁護士 中平博
主文
被告らは各自、原告甲野花子に対し、金一、一〇〇、〇〇〇円およびうち金一、〇〇〇、〇〇〇円に対する昭和四五年六月一三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、原告甲野太郎、同甲野月子に対し、それぞれ金一一〇、〇〇〇円およびうち金一〇〇、〇〇〇円に対する昭和四五年六月一三日から完済に至るで年五分の割合による金員を各支払え。
被告両名に対する、原告甲野花子、同甲野太郎、同甲野月子のその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用はこれを五分し、その二を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
この判決は原告ら各勝訴の部分にかぎり、被告両名に対しそれぞれかりに執行することができる。
事実
第一、当事者双方の主張
原告ら訴訟代理人は、「被告らは各自、原告甲野花子に対し、金四、四〇六、〇〇〇円およびうち金四、〇〇六、〇〇〇円に対する昭和四五年六月一三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、同甲野太郎に対し、金一、一一〇、〇〇〇円およびうち金一、〇一〇、〇〇〇円に対する同年六月一三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を、同甲野月子に対し、金七七〇、〇〇〇円およびうち金七〇〇、〇〇〇円に対する同年六月一三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を各支払え、訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、
被告ら訴訟代理人は、「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。
第二、当事者双方の主張
一、請求原因
(一) 原告甲野花子(昭和二六年三月一五日生れ、以下単に花子という)は、原告甲野太郎、同甲野月子の子であり、訴外丙川正男(昭和二三年二月二五日生れ、以下単に正男という)は、被告乙山一夫、同乙山星子の子であるが、訴外丙川良一、同春夫婦の養子となっている。
(二) 花子は、昭和四四年八月二九日正男と結婚挙式し、その後、昭和四五年四月一九日まで同棲し、夫婦として生活してきたが、その間、両名は夫婦として良く融和し、円満な家庭生活を営なみ、すでに花子は懐胎していたのである。
しかるに、被告両名は、花子がいわゆる未解放部落出身者であるため、花子と正男との婚姻に終始反対し続け、花子の入籍を許さないのを始め、正男に対し、執拗に離婚を強要してきたばかりか、花子に対しても、「子供を生むな、子供が欲しければ他人の子供をもらって育てよ」等といやみを言ってきた。このような被告らの、花子ら夫婦に対する不当な干渉のため悩み続けていた正男は、ついに堪えかねて、昭和四五年四月一九日家出してしまい、現在に至るも行方不明である。
かくして花子と正男との家庭は被告両名の不当な侵害行為のため完全に破壊された。そして、花子は懐胎中であったが、夫は被告らの圧迫のため行方不明になり、被告らが強く反対してきたこれまでの経緯からして、今後正男との円満な家庭生活は殆んど絶望となったため、花子自身のためにも生れてくる子供のためにも、このまま出生を待つことは出来ない不幸な境遇に追いやられるとして、ついに同年五月一七日中絶するのやむなきに至ったものである。
(三) 原告らの受けた損害
イ、挙式費用
原告太郎は、花子と正男との結婚に際し、挙式費用として三〇数万円支出したが、被告らの不法行為のため支出目的は破壊され、右金員の支出は無意味に帰したのであるから、この挙式費用も被告らの不法行為による損害とみるべきである。そこで支出費用のうち、とりあえず金三〇〇、〇〇〇円の支払いを求める。
ロ、中絶費用
前述のごとく花子が中絶に要した費用は当然被告らの不法行為による損害として賠償すべきである。右費用は金六、〇〇〇円であり、花子が負担した。
ハ、慰藉料
1 花子
花子は、正男との婚姻生活に生涯の生活と幸福のすべてを託していたのに、その婚姻生活が被告らの不法行為により根底から破壊されたのである。しかもすでに懐胎していた子供まで中絶せざるを得ない苦悩まで余儀なくされたのであるが、女性にとってこれほど大きな不幸は他にないと言ってよい。その影響は花子の今後の全生涯に及び、そのために受ける肉体的・精神的苦痛は計り知れないものがある。しかも被告らの婚姻反対の理由が、花子が未解放部落出身であるという全く花子の人格を無視した許し難いものであるが故に、花子の受けた苦痛はまことに甚大である。花子の受けたこのような損害は到底金銭で償い得るものではないが、かりに金銭で償うとすれば、金四、〇〇〇、〇〇〇円が相当である。
2 甲野太郎、甲野月子
原告太郎、同月子はともに花子の親として、花子らの結婚に強い期待を寄せ、親として大役を果した満足感と子供の幸せな姿に無限の喜びを感じていた。しかるにこの喜びは被告らの不法行為により一朝にして水泡に帰せられたのである。しかも子供である花子が未解放部落の出身であると言う理由で不当な仕打ちを受けたことは、親としてこれほどの屈辱はない。以上の点を考慮すれば、原告太郎、同月子に対する慰藉料としては、それぞれ金七〇〇、〇〇〇円が相当である。
ニ、弁護士費用
原告らは本訴請求に当り、自己の正当な権利を裁判上十分実現するためには、弁護士に依頼する以外に方法がないため、昭和四五年五月一五日高知弁護士会所属弁護士土田嘉平、梶原守光、山下道子に本件に関する一切の権限を委任し、原告太郎においてまず着手金として金一〇、〇〇〇円を支払い、また、原告ら三名において勝訴した場合の報酬として、各自の請求に対する認容額の一割を支払う旨契約した。本件各請求額を基準として報酬額を算出すれば、原告花子につき金四〇〇、〇〇〇円、同月子につき金七〇、〇〇〇円、同太郎につき金一〇〇、〇〇〇円となる。そしてこれらの費用もまた被告らの不法行為による損害とみるべきである。
(四) よって被告らに対し、各自、原告甲野花子において金四、四〇六、〇〇〇円およびうち金四、〇〇六、〇〇〇円に対する昭和四五年六月一三日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを、原告甲野太郎において金一、一一〇、〇〇〇円および金一、〇一〇、〇〇〇円に対する右同日から完済に至るまで右同様の割合による遅延損害金の支払いを、原告甲野月子において、金七七〇、〇〇〇円およびうち金七〇〇、〇〇〇円に対する右同日から完済に至るまで右同様の割合による遅延損害金の支払いを各求める。
二、請求原因に対する答弁
(一) 請求原因(一)の事実は認める。
(二) 同(二)の事実中、花子と正男が結婚挙式し、その後昭和四五年四月一九日まで同棲し夫婦として円満に生活し、花子が懐胎していたこと、正男が、昭和四五年四月一九日家出し、行方不明であることおよび、その後、同年五月一七日、花子が中絶をしたことはいずれも知らない、その余の事実は否認する。
(三) 同(三)の事実中、イ、ロの事実は知らない、ハ、ニの事実は否認する。
(四) 被告両名は、花子と正男との挙式のことも知らされていないので、何日に結婚したのかさえも知らないし、花子と正男より両名が結婚をしたという挨拶も受けていない。したがって原告花子らの結婚そのものを知らないので反対した事はないのである。
昭和四四年秋頃、訴外丙川春から電話で「正男が金を借りに来たが話の模様では女と同棲しているようだ」との意味の連格があったので被告両名は心配になり、正男の住んでいるアパートへ行ってみると、花子と正男がいたので、正男に家庭の情況も調べて双方の親間の挨拶もしなければいけないがどこの娘さんかと尋ねたところ、正男は家は○○(○○市○○)にあるがそんな事はもういいではないかというので、それ以上の話にはならなかった。
その際、被告星子は、花子がまだオカッパ髪で子供のようであったので、花子に対して、二人はまだ年も若いし、経済的生活能力もないのでまだ子供は生まないようにした方がよい、それがために、もし、子供が生まれないようになったら、親族から養子を貰ってもよいからという意味の話をした、それは、被告星子が一六才で結婚し長男を生んで後妊娠中絶をしたため、爾後四回流産し、身体を悪くした経験があるので正男らの将来を虞って言ったのである。
花子が未解放部落出身であることは最近まで知らなかった。すなわち、正男から花子は○○であると言われていたのでそれを信じていた。そして、昭和四五年四月二八日頃、訴外丁村一郎ほか二名が原告らの代理人として被告両名のところへ来て、花子と正男が結婚していたが正男が所在不明になったので、居所を知らないかと言って来た。被告両名は、正男らが被告のところには寄り付かないので知らない旨答えたのであるが、その際、被告両名は、右丁村らに、花子と正男が結婚し挙式するのであれば、何故父母である被告らに知らせてくれないか、正男が所在不明になったからと言って来られても被告らとしては責任は持てないと主張した。その後、同年五月三日頃、再び右丁村らが被告方へ来た時初めて花子が未解放部落出身であることが判明したものである。右のような事情で花子と正男が結婚した後、被告星子が一度会ったのみで、その後は正男らと全然交渉がなかったため、花子の妊娠も知らなかった。
以上のように、被告両名は花子と正男との結婚については、未解放部落出身者であることの理由で結婚を反対したことはなく、また、それがために入籍を拒んだこともない。被告両名としては、むしろ結婚それ自体を知らされていなかったいわばツンボ桟敷に置かれた状態であったので、反対し拒否もあり得ないのである。
第三、証拠関係≪省略≫
理由
一、原告らの身分関係
請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。
二、不法行為の成否
≪証拠省略≫によれば、花子および正男は、職場で知り合い交際中のところ、昭和四四年一、二月頃、正男から花子に対し結婚の話しがあったが、正男の父乙山一夫から、花子が部落民であるとして反対されたことがあったこと、正男は、同年三月頃から、アパートを借りて生活し始め、花子に結婚を求めたので、そのすすめにより同年四月頃、正男は、花子の両親である甲野太郎、同月子と会い、花子と一緒になりたい旨話し、また、同年八月一三日頃にも、その両親に対し、花子と結婚したいとその決意のほどを語ったこと、そこで、原告甲野太郎らは、正男を通じて、その両親である被告らに対し、右結婚話しをしてほしい旨依頼したが、正男は、被告らが反対しているので話しても無駄であると云ってとり合わず経過したこと、花子と正男は、いずれも結婚への決意は固く、同月二九日、原告ら親族の参列を得て挙式し、同日から、正男のアパートで同棲を始めたこと、正男の養・実親らが、同月三〇日から三一日にかけ、こもごも、右アパートを訪れ、正男に対し、正男の花子との結婚・同棲をなじり、さらには、子供を生むな、欲しかったら施設の子を貰え、薬を飲んで死んでくれ、親子の縁を切る等と云って迫り、その後も正男が目を充血させて帰ることがあったこと、その後、同年一〇月二八日頃、原告甲野太郎方で神祭があり、同原告は、正男夫婦を招待し、その際、寿司などを丙川春方へ渡すよう依頼したが、これが受けとられないで終り、花子が被告らに挨拶したいと提言したのも、正男が行っても話しにならないと云ってそのままとなったことがあること、正男夫婦は、将来ホットドッグの製造販売することを計画し、正男は酒販会社へ勤務のかたわら夜間ボーリング場へアルバイトに出かけていたが、原告はその間に懐胎し、正男もその出産を喜んでいたこと、丙川春らは、昭和四五年二月頃、正男に対し子供は絶対に生んだらいけないと告げ、被告らからも、子供をおろすように、弟の進学にも差支えるし、絶対戸籍も入れる訳にはゆかないと話し、これに動揺した正男と花子との間で口喧嘩があったこと、花子は、同年四月一七日頃、二日間理由も告げないで家を空けたことがあり、同月一九日、丙川春が、正男に対し、自分の立場がなくなると云って泣き出し、正男は、その顔を叩いたが、後、居合わせた友人に対し、「両親にせめられどうにもならない、妻をたのむ。」と云い残して雨中へ出て行ったが、未だに所在は不明であり、花子も中絶にふみ切らなければならなかったこと、以上の事実が認められ、右事実によれば、被告らは、花子が部落民であることを知悉し、これを主たる理由として正男の右結婚等に反対したことが推認されるところであ(る。)≪証拠判断省略≫
してみると、被告らの右正男の結婚に対する強い反発は、花子が部落民であることすなわち出生により決定される身分に基づいてなされた不合理な差別であるとみられ、右のような正男の家出そしてこれによる花子との婚姻の破壊は、被告らのかかる違法な所為により惹起されたものと認めるのが相当であるから、被告らは、これによる損害を賠償する義務があるといわなければならない。
三、原告らの損害
イ、財産的損害
原告甲野太郎が、その主張のように挙式費用を支出しているとしても、前示のとおり、結婚が結局同原告らの親族により一方的に進められた経緯に照らせば、被告らの行為と右出費との間に相当因果関係を肯定することはできず、また、原告甲野花子が中絶費を支払ったことは、弁論の全趣旨によりこれを肯定できるけれども、その額を認めるに足る証拠はない。
ロ、精神的損害
本件不法行為の態様その他本件にあらわれた一切の事情を考慮すると、その精神的苦痛は、原告甲野花子につき金一、〇〇〇、〇〇〇円、その両親である原告甲野太郎、同甲野月子につき各金一〇〇、〇〇〇円でそれぞれ慰藉されるのが相当であると認める。
ハ、弁護士費用
原告らが本件訴訟を委任し、弁護士費用として判決認容額の一割を支払うことを約していることは、弁論の全趣旨によって認められるところ、本件訴訟の経過等諸般の事情を勘案し、原告甲野花子につき金一〇〇、〇〇〇円、原告甲野太郎、同甲野月子につき各金一〇、〇〇〇円をもって、本件不法行為と相当因果関係に立つ損害(弁護士費用)と認める。
四、結論
してみると、原告らの本訴請求は、被告両名に対し各自、原告甲野花子において金一、一〇〇、〇〇〇円およびうち金一、〇〇〇、〇〇〇円に対する不法行為の後であり被告らに対する訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和四五年六月一三日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを、原告甲野太郎、同甲野月子においてそれぞれ金一一〇、〇〇〇円およびうち金一〇〇、〇〇〇円に対する右同日から右同様の割合による遅延損害金の各支払いを各求める限度で理由があるからこれらをそれぞれ認容し、その余はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言について同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 稲垣喬)